人物

伊勢谷友介の母親は高校教師!子育ては実験と豪語した教育法とは?

俳優・監督、リバースプロジェクト代表を務めていた伊勢谷友介さん。

3足のわらじともとれる好奇心旺盛の伊勢谷さんは、どのような環境で育てられたのでしょうか。

伊勢谷さんの母親の職業は教師だったと言われています。

そこで今回は、教育熱心だった伊勢谷さんの母の教育方法を伊勢谷さんの幼少期とあわせてまとめていきます。

伊勢谷友介の幼少期

伊勢谷さんの母親の名前は、伊勢谷尤子(いせやともこ)さん。

尤子さんは、40歳で伊勢谷さんを出産しています。

当時、伊勢谷さんの父親が53歳のときでした。

伊勢谷さんの父親は7回結婚し、6回の離婚経験者がありました。

伊勢谷さんの父親の名前は、山本一男(やまもとかずお)さんといいます。

一男さんは、デザイナーである山本寛斎さんの父親でもあります。

一男さんと1番目の妻との間に生まれたのが寛斎さんです。

一男さんと尤子さんは伊勢谷さんが3歳の頃に離婚されているため、伊勢谷さんは父親を知らずに育ったということになります。

伊勢谷友介は3歳のときに母子家庭で育つ

伊勢谷さんのFacebookによると、伊勢谷さんが3歳のころは、函館市五稜郭町で母子家庭で育てられました。

  • 1978年(伊勢谷さんが2歳のころ)に函館市五稜に引越
  • 母子家庭になった3歳ころから、函館市五稜郭町へ移住んでいる

伊勢谷尤子(伊勢谷友介の母)は教師だった

伊勢谷さんの母である尤子さんは、出産する前まで幼稚園から短大まで一貫教育の学校教師をしていました。

高校の教師だったと噂がありますが、はっきりとした情報は見つかりませんでした(詳細がわかりましたら、追記します)。

私が息子を産んだのは40歳の時です。それまではずっと幼稚園から短大までが一貫教育の学校で教師をしていたので、多くの子どもたちが育っていく過程や親御さんの姿勢を見ていました。

だから、私にとって子育ては、今まで見てきたことや学んだことが試せる“実験”のようで、楽しかったですね。

引用元:Conobie

尤子さんは教師であった経験もあり、教育現場で学び見てきたことと、実際の子育てを照らし合わせながら子育てをされてきた様子が伺えます。

子育ては、今まで見てきたことや学んだことが試せる”実験”」という表現は少し引っかかる部分でもありますが、とにかく何でも楽しんで子育てを取り組んでいたんでしょう。

幼少期の伊勢谷さんはとにかく、空いている穴があったら覗かずにはいられない何にでも興味をもったお子さんだったようです。

とはいえ幼いころの息子は、道を歩いていても、穴があったら必ず覗かないと気がすまないし、池に魚が泳いでいるのが気になったら、そのままじゃぶじゃぶと入ってしまう……とにかく興味が先行してしまう子どもでした。

近所のお母さんたちからも「興味の人」と言われるくらいでしたから。

引用元:Conobie

伊勢谷尤子(伊勢谷友介の母)の教育方法

母の尤子さんが幼少期の伊勢谷さんを連れて歩く姿をみていた近所のお母さんたちは、好奇心旺盛の伊勢谷さんを「興味のある人」と呼んでいたのでしょう。

しかしもちろん親ですから、危険なことと人に迷惑がかかることはきちんと教育していたようです。

ただ、息子が興味を持つことに対しては、危険なこと・迷惑がかかること以外は、口出しはしなかったですね。

干からびたミミズも持ち帰ってきても、気持ち悪いと思いながら一緒に観察したり、ゴキブリホイホイの中のゴキブリを必死で観ている息子に虫眼鏡を差し出したり(笑)

引用元:Conobie

伊勢谷さんは母親から与えられた環境の中で、伸び伸びと育てられたことが分かりますね。

伊勢谷友介は函館市千代田小学校卒業

伊勢谷さんは、小学校も引き続き函館に住んでいます。

少年期も函館市で過ごされており、小学校は函館市千代田小学校卒業だったことがわかりました。

ベビーのときから英会話に通っていた

母である尤子さんは、伊勢谷さんが生まれたときにこう思ったそうです。

「地球上のどの場所でも生きていける人間にしたい」

そのことから、伊勢谷さんはベビーのときから英会話教室に通っていました。

尤子さんは、伊勢谷さんが日本から飛び出したときに、世界でも生きていけるようにと語学のスキルを身につけさせたのです。

顎の発育と英語の発音が関係すると知っていたので、英会話教室には、ベビーの時から通わせていたのですが、本人も面白がってやってたみたいです。

でも、その他は音楽も美術も習わせていなかったですし、中学や高校生になっても、クラブにさえ入ってなかったですね。

引用元:Conobie

英会話といえば、過去に伊勢谷さんは英会話塾のCMに出演しています。

実際に語学が堪能な伊勢谷さんでしたね。

母親が赤ちゃんのころから通わせていた英会話がきちんと活きています。

教育が一番だった

母である尤子さんが教師だったという職業柄だったからなのでしょうか。

何よりも尤子さんの子育ては、「教育が一番」だったようです。

私が子育ての中でも、特に大切にしていたのは教育です。

物事を広い視野で考えるには、教育の土台が必要だと思ったからです。それに、私が子どもたちに残してあげられるのは教育だけだとも思ってましたから。

実は、幼いころも芸能界からのスカウトがあったのですが、教育の基盤ができるまでは…と思って断っていました。

引用元:Conobie

子どもに広い視野を持たせたいと思うのが親心なので、教育が大事なのは理解できます。

けれど息子に、勉強しなさいとか「◯◯しなさい」「◯◯しなければいけないよ」と言ったことは一度もないんです。かといって“褒めて伸ばす”こともしなかったですね。特に絵に関しては、数学のように答えがない分、上手い下手はないと思ってましたし、本人が好きで描いているだけですから。

よく口にしていたのは「どんな風になりたいの?」ということです。将来のことを考えて欲しくて、いつも尋ねていました。

引用元:Conobie

尤子さんは、知識ばかりを教えるのではなく大人になって自分で考え動ける人間になってほしいと願っていました。

その甲斐あって伊勢谷さんは、地球環境に関することに積極的に携わりました。

そして、伊勢谷さん自身は教育熱心だった母をとても尊敬しています。

伊勢谷さんご本人が発信した上記のコメントのように、

「子供には親が最も大切。親の大人度が結果を作ると感じます。」

子が親に対する教育の熱心さが、こどもの将来の結果を作ると言いたかったのでしょうか。

そうだとすれば、この言葉を結果的にご自身の手で踏みにじってしまった伊勢谷さん。

もう一度この言葉を語るとするならば、いま伊勢谷さんはどのようなことを思うのでしょうか。

伊勢谷友介プロフィール

名前:伊勢谷友介(いせや ゆうすけ)

生年月日:1976年5月29日 (2020年9月時点、44歳)

出身地:東京都

血液型:A型

身長:179cm

学歴:日本大学豊山高等学校卒。東京藝術大学美術学部修士課程修了。大学在学中、ニューヨーク大学映画コースに短期留学し、映画制作を学ぶ。

経歴:『ワンダフルライフ』(是枝裕和監督、1998年)で俳優デビュー。その他代表作品としては、『CASSHERN』(紀里谷和明監督、2004年)、『龍馬伝』(NHK大河ドラマ、2010年)、『るろうに剣心』(大友啓史監督、2014年)など。2002年、初監督作品『カクト』が公開。2008年、「人類が地球に生き残るためのプロジェクト」として「REBIRTH PROJECT」をスタートさせ、株式会社リバースプロジェクトの代表を務める。

まとめ

40代で幼少期の伊勢谷友介さんを子育てされていた母、尤子さん。

俳優・監督・リバースプロジェクト代表を務めていた伊勢谷友介さんが大麻所持で逮捕されました。

母である尤子さんの教育方法は、教師として今まで学んできた理論が勝ってしまった結果なのでしょうか。

とても残念でなりません。

今回は、「伊勢谷友介の母親は高校教師!子育ては実験と豪語した教育法とは?」についておつたえしました。

最後までお読みいただきありがとうございました。

伊勢谷友介学長ルークス高等学院の評判は?場所や出願条件についても大麻所持の疑いで逮捕された俳優・伊勢谷友介さん。 実は、俳優活動の傍ら、子どもの貧困や食品ロスなど社会問題にも取り組んでいました。...